傾斜量図の作成とその応用
 
神谷泉*・田中耕平**・長谷川裕之*・黒木貴一*・早田靖博*・小田切聡子***・政春尋志*
 
Production of Slope Map and its Application
 
Izumi Kamiya*, Kohei Tanaka**, Hiroyuki Hasegawa*, Takahito Kuroki*,
Yasuhiro Hayata*, Satoko Odagiri*** and Hiroshi Masaharu*
  
* 建設省国土地理院地理地殻活動研究センター地理情報解析研究室
Geographic Information Analysis Research Division
Geography and Crustal Dynamics Research Center
Geographical Survey Institute
1, Kitazato, Tsukuba, Ibaraki, 305-0811, Japan.
E-mail: kamiya@gsi.go.jp.
 
** 信州大学農学部森林科学科
Department of Forest Science
Faculty of Agriculture
Shinshu University
8034, Minamiminowa, Nagano, 399-4528, Japan.
 
*** 建設省国土地理院地理地殻活動研究センター地殻変動研究室
Crustal Deformation Research Division
Geography and Crustal Dynamics Research Center
Geographical Survey Institute
1, Kitazato, Tsukuba, Ibaraki, 305-0811, Japan.

 
キーワード:傾斜量,判読,数値標高モデル,数値地図50mメッシュ(標高)

Key words : Slope, Interpretation, DEM, Digital Map 50m Grid(Elevation)

 
1.はじめに
  数値標高モデル(DEM)を用いると,地面の傾きである傾斜量を容易に算出できる.傾斜量は,多変量解析等の数値計算や自動地形分類(例えば,沖村・渡邊(1993),岩橋・神谷(1995)),GISあるいは出力図による他の資料と組み合わせての傾斜量の読定(例えば,田中ほか(1985),西(1994))に利用できる.これらは,あるピクセルの傾斜量を単独で利用しようとするものである.
  これに対し,火山においては,傾斜量を図として表示し(以下,傾斜量図と呼ぶ),人間の判断力を用いて地形を判読することも試みられている.これは,注目している部分の多数のピクセルの傾斜量を空間パターンとして認識するものである.田中ほか(1985)は,三宅島において,断層,大規模な崩壊,埋設したカルデラ,溶岩流,爆裂火口の噴出物によって形成された平坦面を確認または推定した.関口・岩橋(1992)は,雲仙岳において,カルデラ,リニアメントを確認した.岩橋(1992)は,磐梯山において,溶岩流の末端の崖,段丘崖等の地形区分の境界線,リニアメントを確認した
  この手法は,火山土地条件図作成作業に応用されている(岩橋・久松,1997,岩橋ほか,1999,建設省国土地理院,1997,1999).
  今回,全国の数値地図50mメッシュ(標高)が刊行されたことを受け,全国の傾斜量図を作成した.本稿では,これによる,構造線・断層,岩石の種類についての判読結果を紹介する.また,傾斜量図による地形,地質の判読に関する若干の考察を述べる.

2.傾斜量図の作成
  本研究では,数値地図50mメッシュ(標高)を用い,1次メッシュごとに全国の傾斜量図を作成した.
  傾斜量の計算式は,いくつか提示されているが,計算式の違いが判読に及ぼす影響は少ないと報告されている(岩橋,1992).今回は,第1図に示す計算式を用いた.これは,近隣の9ピクセルの標高を最も良く説明する平面を最小自乗法で当てはめた場合の,最大傾斜方向の傾斜である.
  傾斜量図は,地質図との重ね合わせのためUTM座標に投影し,傾斜が緩やかな部分を白,急な部分を黒としたグレースケールを用いて,縮尺1/200,000で出力した.なお,傾斜量の小さい部分が良く分かるように色調補正を施した.

3.判読事例
3.1 構造線・断層
  第2図は,静岡県,愛知県,長野県県境付近の傾斜量図である.中央構造線に沿って,白い線が明瞭に確認される.これは,断層に伴う谷と推定される.阿寺断層,下条山麓断層,屏風山断層に沿っては,断層の両側で傾斜量図の色調がはっきり異なる.これは,断層の垂直方向の変動により断層の両側で侵食速度の違いが生じ(片側で堆積が生ずる場合を含む),あるいは断層の両側で岩石の種類が違い,傾斜量が異なるためと推測される.これ以外に,糸魚川−静岡構造線,(以下図示を省略)木曽山麓断層群,清内寺路峠断層,恵那山断層の両側の色調の違い,馬篭峠断層,平岡断層(以上,構造線・断層は,活断層研究会(1991)による)に沿った白い線も認識することができる.
  他の地域においても,構造線・断層に対応するリニアメントを容易に判読できる事例は多数確認されている.
  第3図は,新潟県東蒲原郡三川村の沼越峠断層付近の傾斜量図である.地質図(角ほか,1985)によれば,沼越峠断層は,図上下方から点Bまで続いている.傾斜量図上で,断層に対応するリニアメントが容易に判読できる.区間@〜Aでは,断層の両側で,傾斜量図の色調が著しく異なる(東側が白い).これは,断層の西側の花崗岩にくらべ,東側の凝灰岩(火砕流堆積物を含み,凝灰質砂岩を伴う)が侵食されやすく,侵食が十分進んだため傾斜が緩やかとなり,東側が白色を呈するものと推測される.区間A〜Bでは,断層の両側が同年代の花崗岩(五頭花崗岩:90〜92Ma(角ほか,1985))であるにもかかわらず,傾斜量図の色調が異なる(西側が黒い).これは,沼越峠断層が東落ち(活断層研究会,1991)であることから,相対的に隆起した西側部分で侵食がより活発となったため傾斜が急になり,西側が黒色を呈するものと推測される.傾斜量図においては,区間B〜Cは区間A〜Bと同様のパターンを示すが,角ほか(1985)には断層の記載がなかった.以上を総合し,沼越峠断層は点Cまで延長されるかもしれないと推測した.そこで,他の既存資料を調べたところ,経済企画庁総合開発局(1973),国土庁土地局 (1982),活断層研究会(1991)における断層の記載は,角ほか(1985)と同様であったが,北陸地方土木地質図編纂委員会(1990)では,推測と同じく点Cまで沼越峠断層が伸びていると記載されていてた.以上の経緯は,傾斜量図の観察により,断層の延長が推測できる可能性を示している.

3.2 岩石の種類
  岩石の違いにより,風化に対する抵抗力が違うため,岩石の違いが傾斜量図に現われる場合があると,容易に予想される.以下に,その例を示す.
  第4図は,神威古潭変成帯の蛇紋岩分布域を含む地域の傾斜量図である.蛇紋岩分布域は,ぼんやりした独特のパターンを示し,周囲の他の岩石の分布域と容易に区別できる.上記の視覚的な特徴は,明瞭な尾根,谷が少ないことに対応する.これは,蛇紋岩山地では浅い谷が数多く存在する(小林,1999)という知見と整合する.
  第5図は,北海道枝幸郡歌登町南部(1/25,000地形図「本幌別」付近)の傾斜量図である.この地域では,鮮新世の堆積岩(砂岩,礫岩,泥岩,凝灰質泥岩)中に,鮮新世の安山岩が貫入している(山口・須田,1981).貫入した安山岩の分布域は,傾斜量図上で水玉状に浮き上がって見え,容易に識別できる.この視覚的特徴は,貫入した安山岩の分布域では,その縁辺部の傾斜が大きく,内部の傾斜が小さく,周囲と比較し谷の発達が少ないことに対応する.これは,安山岩が堆積岩と比べ侵食されにくいためと考えられる.

3.3 その他
  第2図のA付近は,明らかに,周囲と異なる傾斜の緩やかな領域として識別される.この領域は,光明(東)断層及び笹山構造線(国土庁土地局,静岡県地震対策課,1983)に挟まれる地域に,北東−南西方向の帯状をなしている.この帯の方向性及びその南側の傾斜量図上で確認される方向性は,地質図(山田ほか,1972,広川ほか,1976,中部地方土木地質図編纂委員会,1995)に示されている地層の走向と概ね一致する.しかし,帯の北西縁,南東縁は地質境界とは一致しない.すなわち,傾斜量図上に現れた傾斜の緩やかな構造は,表層の岩石の種類または構造線・断層によって説明することができない.
  この他にも,山地において,地質図上に表記されている地質境界と傾斜量図のパターンの境界が一致しないことがある.この不一致の原因の追究は,今後の課題といえよう.

4.傾斜量図に関する考察
  メッシュ間隔,精度及びオーバーハングの問題を除けば,形状としての地形は,DEMで完全に表現される.また,適当な境界条件を与え,計算誤差を無視すれば,傾斜量からDEMを再現することができる(9点の標高値から傾斜量を計算する方法を用いた場合,1点の標高のみが未知の3×3のメッシュが常に存在し,この点の標高を順次計算することにより,全ての点の標高を再現できる).すなわち,人間が判読可能か否かは別として,傾斜量図には,全ての地形に関する情報が盛り込まれているはずである.
  次に,どのような図が,地形の判読に有用か,検討する.ここでは,等高線,DEM画像(標高をグレースケールで表現した図),陰影起伏図(ある方向から地形に光を当てた状況を再現する図),傾斜量図を比較する.等高線は,地形に関する全ての情報を判読可能な状態で提示しているが,判読には熟練を要し,また直感的に理解し難いため,判読に時間を要する.DEM画像は,直感的に理解でき,広い範囲の地形を良くあらわすが,小領域に注目すると,ダイナミックレンジが狭く,判読には適さない.これに対し,陰影起伏図と傾斜量図は,DEMにある種の微分演算を施したものであり,小領域でも十分なダイナミックレンジを有する.陰影起伏図は,直感的に理解でき,詳細な地形判読にも適するが,同じ地形でも光源となす角が異なると,図から受ける印象が相当異なるという重大な欠点がある.特に光源の方向と平行な崖は,図に現れず,判読できない(断層の判読の場合は,重大な問題となる).傾斜量図にはこの欠点はないが,@尾根と谷を直感的に区別できない(両方とも白い筋に見える),A傾斜方向を判読できない(このため,扇状地の判読は困難),B広域の地形を把握しにくい(例えば,谷が発達していない富士山は,谷が発達している愛鷹山と同規模の山のような印象を受ける)という欠点がある.しかしながら,これらの欠点は,地形を通して地質をみるという目的には,それほど大きな問題ではないと予想される.よって,1種類の図で地形,地質を判読しようとする場合には,傾斜量図が最適と予想される.

5.結論
  傾斜量図を用い,@構造線・断層の候補となるリニアメント,Aある種の岩石の分布域の境界を判読できることがわかった.傾斜量図は,これを人間が判読することにより,地形,地質を調査する上で重要な資料となりうる.
  第2図のAを含む領域のように,傾斜量図には,現状では説明できない事象も見い出されている.これらに関しては,今後の研究が期待される.
 
文献
中部地方土木地質図編纂委員会(1995) 中部地方土木地質図,国土開発技術センター
広川治・今井功・坂本享・奥村公男・須田芳朗・小川健三・北島真理子(1976) 1:200,000地質図 静岡・御前崎,地質調査所
北陸地方土木地質図編纂委員会(1990) 北陸地方土木地質図,国土開発技術センター
岩橋純子(1992) ディジタルフィルタを用いた数値標高モデルの地形解析,情報地質,Vol.3,No.1,pp.31-37.
岩橋純子・久松文男 (1997) 火山土地条件調査報告書(雲仙岳地区)(国土地理院技術資料 D・2-No.46),建設省国土地理院,32p.
岩橋純子・久松文男・石川弘美(1999) 火山土地条件調査報告書(霧島山地区)(国土地理院技術資料 D・2-No.47),建設省国土地理院,32p.
岩橋純子・神谷泉(1995) 標高データを用いた画像処理手法による地形分類−国土数値情報を用いた例を中心として−,情報地質,Vol.6,No.2,pp.97-108.
活断層研究会(1991) 新編日本の活断層−分布図と資料−,東京大学出版会,436p.
経済企画庁総合開発局(1973) 土地分類図(新潟県)
建設省国土地理院(1997) 1:25,000火山土地条件図 雲仙岳
建設省国土地理院(1999) 1:30,000火山土地条件図 霧島山
小林陽介(1999) 谷密度からみた蛇紋岩山地の特性−2種類の谷の定義による評価−,地理学評論,Vol.72A-1,pp.30-42.
国土庁土地局 (1982) 土地保全図(新潟県)
国土庁土地局,静岡県地震対策課(1983) 土地保全図(静岡県)
西真佐人(1994) 数値地形モデルによる地すべり微地形の判読.第33回地すべり学会研究発表会講演集,pp.13-16.
沖村孝・渡邊佳秀(1993) 広域地形量を含めた地形特性値の表土層厚の推定方法.第28回土質工学研究会発表講演集,pp.279-280.
関口辰夫・岩橋純子(1992) 雲仙岳の地形解析と災害の予測,国土地理院時報,No.75,pp.32-36.
角靖夫・笹田政克・広島俊男・駒沢正夫 (1985) 1:200,000地質図 新潟,地質調査所
田中耕平・幾志新吉・熊谷貞治(1985) 三宅島の傾斜分布図,国立防災科学技術センター研究速報,Vol.69,pp.17-27.
山田直利・片田正一・坂本享・松田武雄・須田芳朗 (1972) 1:200,000地質図 豊橋,地質調査所
山口昇一・須田芳朗 (1981) 1:200,000地質図 枝幸,地質調査所


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