オプション2:斜面変状の移動量の更なる定量化を図る

1.はじめに

プロセス1とプロセス2で、斜面変状を抽出し、その移動の量や方向を推定するとともに、抽出された斜面変状の信憑性を高める作業をしました。

このオプションでは、SAR干渉画像の組合せなどにより斜面変状の移動量の更なる定量化を図る際に参考となる情報を記します。

以下の記述では、SAR干渉画像に見られる衛星と地表の間の具体的な距離変化数値を用いることが前提となっていますので、干渉縞の色変化を大小という観点だけでなく「○○cm」と定量的に把握できることが必要になります。

 

2.SAR干渉画像に見られる干渉縞の情報に基づく斜面変状の移動量の定量化について

 ステップ3で確認したとおり、SAR干渉画像に見られる干渉縞を解読することにより、地物が衛星(センサー)にどれだけ近づいたか又は遠ざかったかが分かります。

 例えば、図1の場合は9cm程度衛星から遠ざかったということになります。

図1 秋田県東成瀬地区における狼沢地すべりに対応したSAR干渉画像

 

 この9cmはあくまでも衛星から遠ざかった量ですので、地表が西、北、下方の各方向にどれだけ動いたかはこれだけでは分かりません。

 ただ、先にも示したように、図2のようにSARの観測は上空から行われ、図1のケースは南行観測にあたりますので、地表は衛星から9cm遠ざかった球面のどこかに移動したということだけがわかります。衛星に近づく/遠ざかる距離は、地表が西、北、下方にどれだけ移動したかの組合せ(衛星から何cm近づく/遠ざかる球面上に一致するか)で決まります。

 

図2 人工衛星の2つの軌道と地表の対象との位置関係

 

 衛星に近づく/遠ざかる距離Dは、南行観測の場合では地表の移動量を東方向をdE、北方向をdN、上方向をdUとすると、ALOS/PALSARの場合、最も観測が行われているオフナディア角34.3度の場合におよそD=−0.62E0.1N0.78Uとなります。例えば、地表が純粋に西に移動して干渉縞から9cm遠ざかることが観測された場合は、9cm=−0.62Eとなり、移動量は約15cmと計算できます。

 図1の場合は、移動方向は傾斜に沿うものとすると、傾斜は西北西方向に600m60m下がる程度であり(すなわち鉛直方向のベクトルの大きさは、水平方向の約1/10)、dEdNはー6:4程度に見えますので、移動ベクトル(dE,dN,dU)は(−6a、4a、−0.7a)となり、D9cm≒4.7aからa≒1.9となることから、(dE,dN,dU)≒(−11cm8cm、−1cm)となります。このように、ある程度の仮定を入れると移動量をより定量的に推定することが可能です。

ちなみに、北行観測の場合は、同様にオフナディア角を34.3度とするとD0.62E0.1N0.78Uとなります。上の図2でもわかるとおり、南行観測と北行観測の視線方向に沿ったベクトルの違いは東西の向きだけであり、南北方向や上下方向については同じになっています(よってDの式もdEの係数が正負逆である以外は同じになります)。

 

3.SAR干渉画像に見られる干渉縞の情報に基づく斜面変状の移動量の更なる定量化について

 2.の段階でも移動方向の仮定に基づく移動量の推定が行えましたが、南行観測・北行観測双方のSAR干渉画像がほぼ同じ期間で得られれば、仮定を行わなくても定量的な値を得ることが可能です。その原理は、D0.62E0.1N0.78U(北行)、D=―0.62E0.1N0.78U(南行)に隠されています。

 この2つの式の差分をとると、D(北行)D(南行)1.24Eとなります。和をとると、D(北行)D(南行)0.2N1.56Uとなります。すなわち、差をとった場合は東西方向の変位量を純粋に取り出すことができ、和をとった場合は若干の南北方向の成分を含む上下方向の変位量を取り出すことが出来ます。

 このように、北行・南行のSAR干渉画像を組み合わせることで、東西成分と若干の南北成分を含む上下成分(「準上下成分」などと呼ばれています)を得ることが可能です。この東西成分と準上下成分を導き出す解析を2.5次元解析と呼んでいます。

 山形県月山地区の七五三掛の地すべりでは、20092月の大規模地すべりの前に、北行・南行のそれぞれのSAR干渉画像が取得できましたので、これを組み合わせたものを図3に示します。

 

テキスト ボックス:

図3 2.5次元解析の結果(七五三掛地すべりの事例)

 

 通常、単独のSAR干渉画像では、例えば「変位は西向きか沈降(及びその組合せ)」など幾つかの選択肢が示された状態のまま残りますが、少なくとも東西方向は定量的な値が得られ(図の場合は10cm近くの西向き変位)、上下方向も南北方向への変位があまり大きくなければ概ね定量的な値が得られます(図の場合は4cm近くの隆起に近い方向への変位)。

 図3の場合は、東西方向は概ね正しいものの、上下方向では地すべりから沈降が期待されるところに隆起が確認されたため実態とはやや異なる傾向もありますが、地すべりは南南西方向と南北成分が大きな割合を占めているため、D(北行と南行の和)=0.2N1.56UのdNが負でdUと比較して絶対値でかなり大きいことを考慮すれば、隆起のかなりの割合が実は南方向への地すべりで説明可能であり、誤差はそれほどないことが分かります。

 ちなみに、上記の通り南北成分と上下成分は2.5次元解析でも分離できませんが、変位の東西成分と南北成分の比など、微地形等から仮定できる情報があれば、もう一歩進んだ形での推察が可能になります。

 いずれのケースでも、北行・南行のSAR干渉画像それぞれで干渉縞が定量的に解読されており(専門的に言えば、アンラッピング処理が成功し位相の値が適切に取得されている)、その演算が出来ることが必要ですので、干渉SARに関する高度な知識及び技術が必要となります。

 

 

4.まとめ

 ここでは、SAR干渉画像に見られる干渉縞に現れる変動量を定量的に把握できれば、斜面変状の移動量がそれなりの精度で定量的に分かることを示しました。

 ここまで来れば、斜面変状の抽出・監視に必要な要件は一通り備わったとみてよいと思います。

 

 ただ、更に精度の高い結果を期待しようとすれば、SIGMA-SARなどの汎用的な解析ソフトウェアで得られた結果でも足りないところが出るかもしれません。例えば見たいところだけ最適化する技術や、通常の処理では残ってしまうノイズを更に軽減する技術などについては、より踏み込んだ処理が必要となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図4 改善処理前のSAR干渉画像(左)と改善処理後のSAR干渉画像(右)

 

 図4はこれまでも提示した秋田県東成瀬地区の狼沢地すべり周辺の20087月〜20097月のSAR干渉画像です。左右の画像は同一のデータから生成されています。右の画像は左の画像から更に処理を加え、地すべりに伴う変動を見やすくしたものです。もちろん、左の画像の段階でも赤楕円の範囲の発色が周囲と異なることは分かりますが、右の画像に加工できれば抽出がよりやりやすいのは間違いありません。

これを実現するには、細かい乱れに当たる成分を除去するような処理はもちろんのこと、当該期間には平成20年岩手宮城地震後の影響もあるため、それらの様々な要因を除去する必要があります。この作業には干渉SARに係る相当高度な知識・技術が必要となりますので本マニュアルでは扱いませんが、SAR干渉画像による斜面変状の定期的監視等を今後中心業務として考えられている方につきましては、そうした点も深められると良いと思います。

 

 

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*1 表示されているSAR干渉画像は全て次によるものです:Analysis by GSI from ALOS raw data of JAXA, METI